Q そろそろ年なので,遺言を書こうかと思っているのですが,何をどう書けばいいのでしょうか?
A 基本は「ある財産を誰に相続させる」と書くことになりますが,特定の相続人にのみ過大に相続させると紛争になりますので,注意が必要です。
①相続人全員の一致が不要
あなたが亡くなった場合,あなた名義の不動産を名義変更するには,相続人全員の協力(書類への署名と印鑑証明の提出)が必要です。相続人が5人いれば5人,10人いれば10人の協力が必要です。ですから,相続人全員の協力が調わなければ名義変更ができず,よって売却もできません。ところが,「相続させる」という文言の遺言があれば,受遺者がひとりで名義変更できます。つまり,他の相続人の協力が不要になるのです。
凍結された故人名義の預金引き出しも基本は同じですが,金融機関によっては,遺言があっても,他の全相続人の印鑑証明書の提出等を求めてくる場合があります。よって,預金については,「遺言があれば必ず単独で引き出せます」とまでは言い切れない状況です。
②法律にしたがった機械的分配
遺言がないと,30年間会っていない子供や離婚直前の配偶者,子供のいない夫婦はその親か兄弟に対してでさえ,法律に定まったとおりの遺産分配が行なわれるため,「特定の誰かに遺産を分配したい」という場合は遺言を書いておかないと,自分が意図していない割合で遺産が相続されます。
以上の通り,①簡便に名義変更できる,②自分が意図した割合で相続させるため,遺言は必要なのです。具体的には,下記の場合は作成した方がいいでしょう。
◆前妻との子がいて,話し合いできそうにない
◆特定の者に遺産を多くあげたい,或いはあげたくない
◆行方不明者が相続人の中にいて,話し合いできない
◆相続人が多数で話し合いできそうにない
◆子供がいない夫婦(義理の兄弟が共同相続人になりうる)
上記のとおり,遺産分配が遺言の役割ですから,誰に何を相続させるかを書きます。「兄弟,仲良く暮らすように」と書いてもいいですが,法的な強制力,つまり記載内容を裁判所等を通じて実現する力はありません。
これに対して,「Aに不動産(所在,地番,構造,床面積)を相続させる」ときちんと書けば,これを法務局に(住民票などと)持って行けば,不動産の名義変更を実現することができます。
ですから,何を書くか決めるため,まずは自分の財産を一覧にすることから始めましょう。
法律では,「オレの財産だから,誰に何をあげようが自由だぜ!」とはなっていません。例えば,配偶者A,音信不通の前妻の子B,Aとの間の子Cがいた場合。
遺言を残さないと,遺産は半分がAをとり,BCが残りを折半することになります。Bの印鑑証明がないと,不動産の名義変更も預金の引き出しもできません。
そこで,「遺産は全てACに相続させる」という遺言を残したとします。そうすると,名義変更等は遺言を使ってBの協力なしにできます。しかし,Bには,最低限の取り分(この例では遺産の8分の1)をもらうことが法律で保障されている(遺留分といいます)ため,「遺言は一部無効。遺産の8分の1を寄越せ」とACに請求することができます。これを遺留分減殺請求といいます。
このように,偏った遺言は死後に遺産の取り分請求を招きます。これら紛争を避けるためには,遺言を残すのは当然として,Bにも遺留分ぎりぎりの遺産を相続させるか,Bにまったく相続させないで
①ACに現金を渡すなどの生前贈与を繰り返す,ACを受取人にした生命保険を一括で払い込んでおくなど,Bが後日把握しにくい形で遺産そのものを少なくしておく。
特に,例えばCの子供や配偶者など,推定相続人以外への生前贈与であれば,さらに減殺請求の要件が加重されるので,より効果的です。
②Bに特別受益(既にした生前贈与等)があることを遺言に盛り込む。
③遺留分減殺の順序を指定し,不要な山林,遠隔地にある預金など,不要な財産から遺留分に充当する
④遺言は簡潔なものにとどめ,遺言から,どこにいくら財産があるか,具体的に分からないようにする
⑤遺言者の真意をビデオレターで残す
といった工夫が必要です。なお,減殺請求を受けても大丈夫なように,それ用の現金は準備しておきましょう。
①自筆証書遺言
そこら辺の便せんに1人で書いたものでも,全文を自筆で書き,作成日を書き,署名押印があり,内容が一義的に解釈可能であれば,自筆証書遺言として有効です。以下の場合は無効になります。
◆日付を「3月吉日」とするなど,書いてない
◆遺産の明細をワープロで作るなど,全部自筆で書いてない
◆夫婦で共同遺言をした
◆相続させる不動産の所在地があいまいで,他の遺産と識別できない
また,自筆証書遺言の難点は,検認手続といって,家裁で遺言を開封する手続が必要とされる点にあります。検認を経ないと登記移転や預金引き出しができません。そして,検認手続は相続人全員が呼ばれるため,相続が発生し遺言があることが,例えば音信不通だった相続人にも露呈し,遺留分減殺請求を誘発してしまいます。
②公正証書遺言
この点,公証人役場で作ってもらう公正証書遺言であれば検認手続は不要ですので,音信不通の相続人に連絡が積極的にいくことはありません。また,裁判官または検察官OBの公証人が立ち会って作成されるので,「他人が偽造した」「作成当時,認知症だったので無効」といった反論をされる可能性が少なくなります。
したがって,紛争が予期される場合には,必ず公正証書遺言にします。
◆遺言執行者の指定は,遺言が「相続させる」遺言であれば,不動産登記移転のためには不要です。「遺贈」を含む場合は指定する必要があります。
銀行預金の相続手続に際しては,遺言執行者の有無で手続がかわる銀行は少ないようです。
◆遺言執行者に弁護士を就任させると,その弁護士は特定の相続人の代理人にはなれません(懲戒事由)。注意しましょう。
定型的な遺言作成であれば,遺産内容にもよりますが,20万円前後が相場と思われます。旧報酬規程では,非定型の公正証書遺言作成の場合,遺産が3000万円の場合は50万円,1億の場合は71万円,2億となると101万です。
また,公正証書遺言を作成する場合は,別途,公証人役場に支払う手数料が数万円かかります。例えば,5000万円の遺産を配偶者1人に相続させる場合,手数料は4万円です。
相続の時には相続税がかかります。相続の前に生前贈与で財産を移転しても贈与税がかかります。
相続時精算課税制度を利用することによって,贈与税ではなく相続税の枠で処理することもできます。簡単に言うと,2500万円まで無税の生前贈与を認める代わりに,相続税の計算に贈与額を加算して計算するものです。ただし,申告が必要ですし,一度制度利用をすると撤回できません。
相続税は,遺産額が「3000万円+600万×相続人数」以下であれば,かかりません。ここでいう遺産とは,生命保険や退職手当,相続開始前3年以内の贈与,相続時精算課税制度による贈与を加算し,相続債務や葬式費用を控除したもので,生命保険については「500万×相続人数」まで非課税です。
贈与税の場合,年間110万円までなら非課税です。上記の2500万円の枠使用を考えれば早期に生前贈与が可能です。
ただ,遺留分減殺請求対策としては,相続時精算課税制度の利用は,「申告書」という贈与の動かぬ証拠ができてしまうので,これを把握されれば遺留分減殺請求などを誘発するおそれがあると言わざるをえません。
対立する相続人がいるなら,まずは生命保険と110万円以内の贈与を活用し,「贈与の証拠を掴ませない」のが重要です。死期が迫っており,早期に贈与を完了させたいのであれば,相続時精算課税制度利用もやむをえないでしょう。
節税対策としても,やはり110万円以内の毎年の贈与と,生命保険(500万円×相続人数まで非課税)はマストです。
相続税の申告は,相続人全員で足並み揃えてやる法律上の必要性はないので,紛争がある場合は,単独で申請を行ないます。
①不動産の名義変更
公正証書遺言と,遺言者の住民票及び戸籍謄本,受遺者の住民票,対象不動産の資産証明書を法務局に持って行けば登記ができます。通常は司法書士に依頼することになるでしょう。
②証券口座や預金の引き出し,名義変更
凍結されていない場合は,あえてそのまま使用しても事実上の問題はありません。
凍結されている場合は,公正証書遺言と遺言者の戸籍謄本,受遺者の印鑑証明書等を金融機関に提出しますが,金融機関によって必要な書類が違い,「受遺者以外の者の印鑑証明ももってこい」という金融機関が現在でも平気で存在します。相続人間で争いがある場合は,当然,他人の印鑑証明書など用意できませんので,この場合は遺言をもとに銀行を訴えることになります。
以上のように,きちんとした遺言があっても凍結が解除できないリスクがあるので,いくらか現金で置いておくのが安全です。
③相続税の申告
特例を利用して宅地の評価を下げるとか,納税額がある(≒遺産が3000万+600万×相続人数より多い)場合は,原則として期限内に申告する必要があります。税理士会の旧報酬規程によれば,税務代理及び書類作成の報酬は,遺産が5000万円未満の場合は税理士報酬は45万円,7000万円未満の場合は67万円,1億円の場合は105万円です。